題字: 中城 襖之介
砂府 蘭子の父、蘭之介の葬儀から1週間後。彼の経営していた花屋の取り壊し作業は順調に進んでいた。蘭子も親戚のいる仙台へ引越す準備の為、倉庫の中を片づけていたが、そこで見知らぬ金庫を発見する。
蘭子は、卓袱台に置かれた金庫を前に考え込んでいた。「お父さんが隠していたものだろうけど…一体何が入っているのかしら」
「それよりどうやって開けるかよねえ」蘭子の母、緑は冷蔵庫を運ぶ手を休めて、蘭子の向かいに座った。「鍵とダイヤル番号の両方が分からないと、開けられなさそうね…そうだわ、一つ思い当たることがあったわ」緑は立ち上がると、踏み台に上がって神棚の中を探り始めた。
「お母さん?」
「お父さんは神棚を一人で守っていてね、あたしにも触らせてくれなかったのよ…っと、恐らくこれじゃないかしら」踏み台から降りた緑は、一通の封筒を手にしていた。
「お父さんのへそくりじゃないの?」しかし封筒に触れた蘭子は、その予想を直ちに否定した。「何か入っているみたい。これってもしかして…」
「どうやら鍵みたいよ。この大きさからだとドアの鍵じゃあないと思うけど」
封筒を開けた緑は、その中身を確かめた。そこには小さな鍵と、数字の書かれたメモがあった。
「この数字って何だろう?」メモを覗き込んだ蘭子が訊ねた。
「恐らく自分の為に用意したものじゃないかしら?そうだ、この番号、金庫の番号じゃないかしら」
「そうね、ちょっとやってみるわ」蘭子は、メモの通りにダイヤルを回し始めた。「ええと、23の、52の、31の…あっ何か音がした」何かが動いたのを感じた蘭子は、封筒の中にあった鍵を金庫の鍵穴に挿した。すると小さな音とともに金庫の蓋は開いた。
「やっぱり、思った通りだわ」緑は開いた金庫の中を覗き込んだ。そこにはまた一通の封筒が入っていた。しかし神棚の封筒と違い、その封筒は下の部分が大きく膨らんでいた。
「また封筒だわ、でも中身は鍵じゃなさそうだけど」蘭子が封筒を開くと、そこには数個の球根と一通の手紙が現れた。
緑はその球根の一つを取り上げた。「この球根は…サフランのじゃないかしら」
「ええと、そうみたいよ。でもお父さん、何でそんなものを金庫に隠していたのかしら」蘭子は手紙を朗読しはじめた。
「緑へ、そして蘭子へ。恐らくこの手紙が読まれる頃には、私はもう生きてはいないだろう。同封されているものは、学生時代、スペインへ行った時に貰った、サフランの球根だ。私はかつて、スペイン料理のシェフを目指して勉強していたことがあった。そこでスペインを代表する料理の一つ、「パエリア」を作るのに、サフランが欠かせないことを知ったのだった。もしあの時の事故がなければ、私は花屋を継がず、料理人となっていただろう…って、『あの時の事故』って何かしら」
「恐らく私と会う前のことじゃないかしら」緑は応えた。「秘密の手紙にも書かれていないということは、本当に秘密にしたかったのかもね」
「お父さんにも、秘密にしたいことがあったんだ」父の気持ちを想像しながら、蘭子は手紙に戻った。「私が目指していたことに興味があるなら、このサフランの球根を育ててみると良い。紫色の花を咲かせるようになったら、その雌しべに注目してほしい。これがパエリアで使われるサフランの正体だ。この雌しべの先端部分だけを慎重に抜き取り、涼しい場所で乾燥させ、[a]nd now...
(published: Apr. 1, 2003)